2013年6月、長いドクターショッピングの末にパーキンソン病と診断されて8年目。絶望と希望の間で揺れ動いてきた毎日でした。それは、キッとこれからも…。


実は、誤嚥性肺炎のことをより詳しく書こうと8割がた記事を書き進めていたのですが…また方向転換というか、全く違う記事を書き始めてしまいました。

久々に、パーキンソン病患者のツブヤキというか愚痴です。こんな所でPD患者の愚痴など聞いてどうする!と思われるでしょうが、ますますストレスに弱くなり、打たれ弱くなっているなぁと実感している今日この頃のツブヤキです。

今年は、と言うか…もう去年から始まっていた『新型コロナウイルス』のパンデミック!最初の“季節性インフルエンザのようなもの”などの見解は、どこから来た!!と叫んでしまいたくなるほどの脅威とも言える威力で、まだ地球を苦しめています。日本も落ち着いたと思えば、ドンドンと感染者数が増え続けている有様。さぞや“コロナ様”は高笑いでしょう。コロナで家にいることを余儀なくされ思わぬ筋力低下。本当に、この数か月色々なことがありました。パーキンソン病と診断され9年目に突入します。山あり谷あり谷あり谷あり、たまに山あり(笑)。そんな感じで生きてます。

サイド上

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パーキンソン病と診断されて8年目。パーキンソン病が私から奪ったものは大きいけれど…。

2013年6月、6年近くに及ぶダクターショッピングの末ようやく辿り着いた『パーキンソン病』という病名。とりあえず、私は“病院通いが好きなオバサン”でも“病気になりたがるオバサン”ではなくなった…。そして病名は、私が予想していた通りのパーキンソン病。

この病名が判明したことは、服薬などの始まりでした。ただ、パーキンソン病患者の多くが病名を告げられ、それがどういう病気か知らされた時(私のように調べて知っている患者も多いはず)に絶望感に襲われるのではないでしょうか?

それは、パーキンソン病が『未だ、根治させる治療法がない、進行性の病気』だからです。“進行性”この言葉は頭や胸に鉛のカタマリが入ってきたみたいな、ズーンと重いものを飲み込んだみたいな感じがしたのを今でも覚えています。

私は、ドクターショッピングの間精神安定剤(筋弛緩剤)を数種類服用しながら数年間、おかしい…どこかおかしいと思いながらも仕事を続けました。もう、いよいよダメだと思った日、出勤途中の駅で足が前に進まず救急搬送されたのです。

今でも、もう少し早く診断がくだっていれば仕事を続けられたのではないか?と悔やまれます。昨日まで通っていた職場が遥か遠くに感じられました。

なぜ、電話を取りながらスラスラとメモが書けないの?重いものを移動させるとき膝をつかないと不安定になるのはなぜ?時々だけれど“ロレツ”がまわらない、いろんないろんな不安を抱えて、それでも大丈夫なように振る舞っていました。その頃の私は、ピリピリしていたようです。

救急搬送された日、診断が終われば帰って良し!と言うか、次回の予約を取って早く帰ってください!って感じです。

そして、職場の人からしてみれば、パーキンソン病は“その病気が直接の原因となって死ぬことはない病気”、“他人に感染する病気ではない”、“事務職であること”、“何より昨日まで仕事ができていた”、のだから当然服薬しながら勤務できるだろうと考えてくれていたようです。

ところが、体も心も動かないのです。昨日できていたのに。昨日まで職場に行くのが当たり前だったのに…。『うつ』でした。この時の精神科の主治医の言葉は今でもハッキリと覚えています。

「あなたの井戸は完全に干上がってしまったのです。枯れ井戸にコップで水を注いでも溜まる筈はありませんね。方法は唯一つ、また井戸が元の井戸に戻るまで静かに待ちましょう。今は、焦っても心に余裕は持てません。正しい判断はできません。待ちましょう。」今でもいつも優しく、時に厳しい私の信頼できる主治医の一人です。

パーキンソン病が私から奪ったもの…まずは仕事です。他にできることもなく(別に仕事ができたわけじゃないですが)、その場所に行けば“私”という存在が確かにあったのです。たった机一つ分ですが、そこには私の居場所がありました。私を固有名詞で呼んでくれる場所が。

在職最終日、日付印、クリーニングに出した制服、会社の経費で購入してもらって後の人が使える物を持って行き、自分の机だった場所に置きました。もう私の居場所じゃないよって感じで、足早にその場を立ち去りました。

また、明日から久しぶりに○○さんの奥さんとか○○ちゃんママ(ママ友の中では恐ろしいことに数十年経った今でもこの呼び方が通用するのです(笑))って呼ばれるのかぁ。なんて考えながら。

そこから『うつ』との闘いが始まりました。病気について検索をしては落ち込む私から携帯、タブレットなどを主人が没収したこともありました。夕方になると落ち込みが激しく“役立たずな自分”をブツブツと責める私をみて主人は窓につっかえ棒みたいなのを置いてました。今も迷惑かけてますが、2013年の夏は大変な夏だったと思います。

当の本人は、あまり覚えていないんです。酷い話しですよねm(__)m
確かにパーキンソン病は、私から“普通の生活”の全てを奪っていきました。けれど、今となっては“普通の生活”“普通”って何?って感じです。もう、どんなにツラくても、痛くてもパーキンソン病の私が“普通”の私なのです。

パーキンソン病は、私から何もかも奪っていっただけなのでしょうか?


パーキンソン病が私から奪っていったもの
◆仕事
◆体をリラックスさせて寛ぐという楽しみ
◆自分の思うように動いたり歩いたりできるという“当たり前”のこと
◆ゆっくり眠るということ
◆朝起きた時にどこも痛くないということ
どれも、特別なことじゃなく、パーキンソン病になる前は意識すらしたことがなかった事ばかり。健常者に上記のことができると幸せですか?と質問したら怪訝な顔をされるでしょう。

でも私たちパーキンソン病患者なら、それも進行期に入っている患者なら、例え一日でも良いから、ソファで、体のどこにも力を入れずにユッタリとした気分でゴロゴロと好きに寝返りを打ちながら過ごしてみたい…なんて夢のようなことができたら!って思いますよね!

これまた、健常者にしたら????でしょうね(笑)。いかに“普通”でいられることが大切か、家族が側に居てくれることが大切か、学生時代からの友人、パーキンソン病になってからの友人と他愛もない冗談を言って笑っていられる時間が宝石のように大切なこと!パーキンソン病になって初めて気づきました。遅い!!!!

パーキンソン病は、確かに私から色々なものを奪っていきました。“なんで私が、こんな病気に”、“この病気にならなければ”、“私が何をしたというのだろう”、などと恨み節の毎日でした。※これは、実は今も続いてます。この気持ちが完全に消えて無くなる日は恐らく来ないでしょう。

ただ、きれいごとではなく病気になって(パーキンソン病に限らず)気づくことは本当に多いです。この病気にならなければ…と思いますが、じゃあ、ならなければ私はどんなに素晴らしい人間に成長できたのか?この病気のせいで…病気にならなくてもイライラしてたのは誰?何でもパーキンソン病のせいにしてはダメなんです。

家族や友人の一言一言が心にしみることが多くなったのも病気になってからですね。それから一日一日を大切に生きるようになったかもしれません。健康な時は、明日も明後日も同じように気持ちの良い朝が来る!と思ってました。でも、今は今この時が一番調子が良いかもしれない。明日は、明後日は一年後は、何もできなくなっているかもしれない。

そう思うと、“やってみたい”と思ったことは、やるべきだ!と思うようになりました。パーキンソン病になってできなくなったことはたくさんあります。けれど、“できる”ではなく“やり始めた”ことは、たくさんあります。健康な時は考えもしなかったこと。もしかしたら、その事だけを考えたら、病気になった方がチャレンジした数は多いかもしれません。不思議なものです。

まとめ

もし私がパーキンソン病にならなかったら、家族や友人とこんなに話しをしたでしょうか?ありがたいとか、嬉しいをこれ程感じることがあったでしょうか?何でも当たり前、それって普通でしょ!が私の口癖だったそうです(娘談)

仕事を辞めてふさぎ込む私にブログを薦めてくれたのは主人。家だとエクセルやアクセスやパワポなんて何の役にも立ちはしません。ところがブログなどというもの一般の仕事では使わないんです。ワードプレス…ワードみたいなもの?いえいえ、とんでもなく別物でした。未だ四苦八苦。

ネットで買い物はしたことはあるけれど、自分で販売する?なんてこと考えた事ありませんでした。それも自分で作ったり、買い付けに行って買ってきた物、そんな物に値段を付けるって、それまでの人生計画の片隅にさえなかった事、考えてもみなかった別の世界のことでした。

このブログもいろんな決まりごとがあります。Googleの中で書かせてもらってますから。アカウント停止?という危機に瀕したことも!ネット販売もしかり。人様に物を買っていただく難しさ…まだまだ、私のレベルでは痛感しました!とは言えないのでしょうね。

病気になってからの私は、二度目の人生を歩み始めたのだと思います。この人生をどう生きていくか?!今の私でできること。その限られた中で何を見つけていくのか?って少しだけワクワクします。

今のパーキンソン病に対する治療は相変わらず『対症療法』です。根治治療ではありません。私がブログを始めてからでもどれだけの治療法を取り上げてきたことか。一酸化窒素?ミトコンドリア、iPS細胞等々。直ぐにでも治りそうな勢いですが、いつの間にかフェードアウト。

私は、ずっと絶望8割、希望2割くらいで考えるようにしてきました。もしかしたら希望はもっと少ないかもしれません。けれどギリギリこのくらいで冷静に医療の発展を願わなければ不安に圧し潰されそうになるからです。

良い方向でポジティブに考えている自分と、とんでもなくネガティブな自分がせめぎ合って共存してきた8年間でした。きっとこれだけは変わらないでしょう。

それでも、私は生きています。明日を明後日をまた精一杯、少し背伸びしながら手探りで歩いていくしかありません。転倒だけはしないように。せっかくもらった二度目の人生ですからね。

コメント

  1. 池田 櫻 より:

    以前よりブログを読ませていただき、たくさんのことを教えていただいております。ありがとうございます。私は、症状が出だしてから8年になる、来年還暦の主婦です。私も60歳まで働くつもりでいたのですが、3年前に退職しました。何年も前から、遺伝子治療に期待して、頑張ってきましたが、あと数年、あと数年と言われながらもう何年たったことやら、コロナの治療薬は、あっという間に実用化されようとしているのに、、、絶望8割、希望2割というお気持ち、よくわかります。ブログを読ませていただき、自分のこれから先を思うとせつなくなり、コメントしてしまいました。

    • コメントありがとうございます。また、私のつたないブログを見てくださり本当に嬉しく思います。自分のこれからを思うと…分かります。今、災害、コロナと日本も世界中も大変です。たまたま今日、自分が重篤な状態になった時治療を続けますか?というような質問があったと記憶しています。(定かではありません)もちろん難病患者とかではなく、普通にインタビュー形式だと思います。※私は一日中テレビをほとんど観ません。主人が帰ってきてテレビをつけると聴こえてくるので。何と、コロナ!となると『できるだけの治療をして欲しい』と回答する方が急に増えます。“コロナで死にたくない。家族に看取られないから”が一番の理由のようです。ふと、考えさせられました。まさに自分のこれから先を考えてしまいました。“私が生き残ったとして迷惑なだけ…?”とか、考えてしまうんですよね。家族には訊きませんよ、答えに困るだけでしょうから。でも、自分がそうなった時に本当にどうして欲しいのか。考えておかなければと思ったりしますから。すみません、路線外れてしまいましたね。でも今日、ドンピシャなコメントだったので。やはり2割、どこかで希望を捨てきれないんですね。またコメントお待ちしてます。

  2. kazu より:

    初めまして。いつもブログ参考にさせていただいております。ありがとうございます。
    私の妻(60歳)がPDと診断され4年目に入ります。当ブログ他でムクナ豆を知り、薬剤(ドパコール・エンタカポン)と併用しております。少しでも進行を遅らせないか、副作用を減らせないか日々奮闘中です。これからもブログ更新楽しみにしております。よろしくお願いします。

    • コメントありがとうございます。現在の私はいろんな事を抱えすぎて、肝心のブログの更新が遅くなり、自分でも軌道修正をしている真最中!ついつい『何かをしていなければ不安になる』この気持ちのコントロールが上手くいかず…。ところで、ムクナ豆を服用することを許可してくださっている主治医なのですね!なかなかいません。あれはサプリなどではなく本当にレポドパと同じ作用があるので、併用が難しいですよね。ジスキネジアが出やすいですか?ぜひぜひ教えてください。奥様のためにいろいろと“奮闘中”とのこと!!本当に素敵なご夫婦。私も頑張って勉強のし直しです!あらためまして、このようなつたないブログを読んでくださっていること、コメントを寄せていただいたことに深く感謝いたします。

  3. kazu より:

    ご返信ありがとうございます。ムクナ豆に関しては主治医はまったく知識がない状態でして、相談の際にその場でネット検索した程度の対応だったので理解してもらってる訳ではありません。ただ、県の難病支援センターの医師に話したところ、この医師もムクナの知識はなかったようですが、それなりに調べてもらった結果、高額でなければ服用しても良いのではないか、との話でした。妻はジスキネジアはありませんが、ウェアリング・オフ症状があるので、薬の服用の合間にムクナを飲んでいます。ムクナの服用により、ドパコールの量を減らす事はできています。現在、ドパコールは1日300mgムクナ豆の粉末(3-5g)を2回服用しています。

  4. ななつの水仙 より:

    私はパーキンソンと診断されて7年目66歳の主婦です。
    診断を受けた当初同病の人がどうしているのか知りたくて、ここにたどり着きました。
    このブログのおかげでパーキンソン友の会に入会しました。
    ありがとうございました。
    そしたら支部の会長さんと家が近いことがわかりました。
    パーキンソン歴23年という会長はオシャレで素敵な人でした。
    ブログで卓球の記事を読んだ時には、羨ましいっと思っていましたが
    そしたら会長さんが卓球教室に行っていることがわかり、私も卓球教室に連れて行ってもらいました。楽しくて楽しくて、いい汗をながしています。
    このブログに影響されているのは私だけではないと思います。
    私はこれだけ打つのでも、必死です。
    それをあれだけのブログにしているし、他の活動もなさっていて私はHARETOKIDOKIKUMORIさんはスーパーウーマンとおもいます。
    私は進行期に入ったらしく、オフの時間が多くなった気がします。
    自分の動きの遅さにイラつくこともありますが、自分のペースに気を付けて、普通の生活を維持出来たらいいなぁと思っています。

    • コメントありがとうございます。私は、とてもじゃないですが“スーパーウーマン”にはなれそうにありません。後ろ向きには“全力疾走”できますが。そのあたり、ブログにもよく書いてます。ともすれば絶望しそうになる気持ちをどうやって希望に変えるか?いくら考えても答えなど出るはずもなく…。考えれば考えるほど後ろ向きになっていきます。ブログにまとめることで、こうやってコメントに返信することで、自分を奮い立たせているのかもしれません。パーキンソン病は誰かと話しをしたり、時間を共有すると気持ちが晴れます。すると不思議に身体も動きます。私も“生活の維持”を目指して頑張ります。ブログを読んでくださってありがとうございます。コメントお待ちしております。

  5. らくさ より:

    2012年9月から投薬治療はじめました。
    運動がいいということで朝は卓球午後はエアロビスク家庭菜園をしてます。
    不安から逃れるため動いていないと落ち着かない
    卓球 エアロの人たちは私がpdで苦しんでいることしりません
    薬の効いてる時間を利用してます。
    いつか隠せない症状が出るまで健常者よそって無理していきていくつもりです。
    ブログ読ませていただいています。
    不安で寝るタイミングはずしたときなど訪問します
    頑張って生活してる人がいると思うと励まされます
    かすかな希望をもって生活してますので
    明日のことしか考えないことにしてます
    70歳です悩んでも暗い気持ちで1日すごしてもなにもよくならない
    これからもよろしくお願いします。

    • 私のつたないブログを読んでいただき、またコメントをくださりありがとうございます。2012年に服薬を開始され、いまでもPD患者であることを隠し続けられること自体凄いです!!やはり卓球とヨガ効果?でしょうか。先日の主治医診察の際に「足が凄く痛い時はどうされていますか?」と、訊かれたので「痛む時は、転倒しないように気をつけながら歩きます」と答えました。この病気の厄介なところ(山ほどありますが)は、寝ていても治らない!のです。すごく頑張っておられる様子が浮かびます。私も去年還暦記念の高校学年同窓会に少しヒールのある靴で朝からヘアメイクも美容院でお願いしてワンピースで出席しました。地球人でいられるのはどれくらいか?パーキンソン星人になってしまったらどうしよう?何度も何度も鏡で姿勢チェックしながら過ごすと5時間くらいでカラータイマー(ってご存知ですか?)が点滅を始めました。最後の1時間くらいは必死でしたね。でも、たまには見栄をはる自分がいても良いかな…?と。私が言うとおかしいかもしれませんが、たまには肩の力を抜いてください。私自身にも言い聞かせてますから。この病気に有効な治療法が私たちが生きて、動くことができる間に見つかりますように希望を持って“生きる”しかありません。コメント本当にありがとうございます。いろいろな事に手を出し過ぎブログ更新がなかなかできていませんが、これからもよろしくお願いいたします。

  6. coco より:

    始めまして!サロンに入会して半年弱あなたのブログの存在を知りました。そうそうそうなんだよと共感することがあまりにも多く、まるで自分の心の内を見ているみたいです。体の異変を感じたのは15年ほど前、診断もわりと早かったので早々に投薬治療がはじまりました。この12月で65になります。幸いなことに昨年あたりまでは時に困ることなく過ごしておりましたが今年になってからすくみ足が酷く参っておりました。2月から5月の事です。薬の調整で今は落ち着いていますが腰臀部の痛みに毎日痛ただの日々です。今後もブログ楽しみにしています。共感あり、勇気付けられあり、参考になり学ぶべきもの満載です。

    • コメント、ありがとうございます。何よりも嬉しいです。この十数年間、本当にいろいろなことがありました。きっとこれからもでしょうけれど。サロンに入会されているのですか?私はパーキンソン病友の会。そして最近乱立(?)するパーキンソン病のコミュニティのひとつPDcafeに入会しています。足の痛み、腰の痛みツラいですよね!分かりますとは言いにくいのが、この病気の厄介なところ。ブログにも書いていますが“激烈”という例えしかないんじゃないの!!くらい痛いのですが、同じ患者同士でも痛み方はそれぞれ違うのですから。腰痛で病院行って「坐骨神経痛」と診断されることが多いです。そりゃあ、ブロック注射が効くわけないですよね。痛い思いをしただけです。申し訳ないです。ブログの更新遅れています。私としては、優先順位では 担当責任のある友の会支部のブログ更新が先なんですよ。ZOOMの討論会的なミーティングに参加する機会も増え、何よりコロナの影響でネットで販売しているサイトが忙しくなりました。なのに、集中力、判断力、作業する時にイラッとするくらいの筋力低下などなど…。焦れば焦るほど、頭も体も言うことききません。これって言い訳です(笑)このようなつたないブログでも読んでくださり、コメントいただくことで繋がることができます。感謝の一言です。今後ともよろしくお願いいたします。

  7. coco より:

    早速お返事ありがとうございます。やはりブロック注射も打たれていたのですね。私も痛い思いをしただけでちっとも効きませんでした。ちなみにP D cafeに入会し名古屋にも最近入れてもらいました。住まいは三重です。よろしくお願い致します。

    • そうでしたか。息子が愛知県に住んでおります。ここは兵庫ですが、こちらに帰ってくることはないと思います。こちらこそ、よろしくお願いいたします。

  8. 通称 うめ  大場惠美子 より:

    はじめまして宮城県仙台市在住の通称「うめ」と申します。アメリカの同時テロのあった9月から薬を飲み始めました。まさかまさかの私の半生です。お薬(徐放剤)の事が宮城県支部のホームページに載っていると夫に教えてもらいホームページからお名前を知りました。病気になって本当に辛い!苦しい!誰でも経験していると思います。1日も早く楽になる薬が出てくることを願っています。
    もうすぐ70歳の坂を越えようとしている私お先真っ暗にならないように、100%完璧で無くて良いから今を維持させることができるよう願っています。しつかり前を見て歩みましょう。

    • コメントありがとうございます。宮城県支部のHPで取り上げてくだっていたのですね!!嬉しい限りです。そして宮城県支部のHPの美しさ、分かりやすさ!勉強になりました。何度も訴えているのですが、完治(するにこしたことはありませんが)はできなくても、せめて少しで良いから心穏やかに暮らせる薬の開発が待ち遠しいです。コメントいただき本当に励みになりました。これからもご指導くださいませ。

  9. 久美子 より:

    いつもここから勇気。元気をもらっている久美子です。10月16日で63歳になります。   パーキンソン病歴14年になります。実家の、5歳上の兄も。5年前パーキンソン病に。兄の方が。急激に進行して。半月前。自宅で倒れていて、熱中症の症状もあり、コロナ禍でもあり、救急搬送の際、大騒動だったようです。現在そのまま入院中で、寝たきり状態になってしまったとのことで、面会できないため、今ひとつ詳しい様子がわからず、気にしています。こんなことがあり。自信の体調も、あまり良くなく、気持ちも落込みぎみです。haretokodokikumoriさんのブログにはもちろん。ほかの方のコメントにも。こんなに前向きにと。励まされています

    • 頑張って!そう言うしかない私です。涙がこぼれます。前向きどころか薬替えのトラウマのせいか(一度副作用で体型が変わるほどに)今でも“薬を替えた”と思うだけで不調になるのか、本当に合っていないのか…分からなくなります。今、私をネガティブ一直線に落とし込んでいるのが『痛み』です。一日の大半左足の、それも第4,5指の締めつけられるような、痺れるような痛みに時として頭の中に浮かべてはいけない漢字が浮かびます。この痛みから解放されるなら、と。そして自分を忙しい状況に追い込み、痛みやツラさから逃げ出しているだけのような、そんな自分に腹が立ちます。ゴメンなさい。アドバイスどころか私が愚痴ってますよね。でも“私は生きてる”それは確かな事実です。生きるなら“少しでも良く生きよう”。どう良く生きるのか、答えは出ていません。でないままかもしれません。でもでも、ヤッパリ一日一日が大切です。私こそ、この前から溜まっていたものを吐き出してしまって、そして、このつたないブログを読んでくださるのだと思うと勇気でます。いつもいつも皆さんのコメントでへし折れそうな心を救ってもらっています。ありがとうございます。お兄様が無事退院なさること心より祈っております。また、コメントお待ちしてます。

  10. ユリ子 より:

    こんばんは。私もいつもこちらのブログにお世話になっています。身近にpdの方もいないし友の会などにも参加していないので…毎日不安で押しつぶされそうになります。一日中薬が切れる事に怯えながら過ごすのはつらいです。でも晴れ時々曇りさんや皆さんのコメントを励みにしています。私は今50歳で診断から2年ですが、何年も病気と闘いながら過ごしていらっしゃる事に希望をもらえています。いつも愚痴ばかりのコメントで申し訳ないのですがどうかこれからも頼りにさせて下さい( ;∀;)

    • ありがとうございます!本当に“こちらこそ”です。ついつい、頂いたコメントに愚痴を言ってしまう情けないブログ主です( ノД`)シクシク…。これからもよろしくお願いいたします。いつも涙涙になるのです。