パーキンソン病患者にとってこの上ない朗報!iPS細胞で治療薬候補発見への道が開かれるかもしれません。


今、正直なところiPS細胞が、一体いつ頃どんな形でパーキンソン病の改善に効果を表わすのか?「期待」と「またいつの間にか消えてしまうのでは?という不安」に揺れ動いています。そんな中、エーザイと慶應がパーキンソン病治療に繋がるのでは?という発表をしたのです。

あまり期待すると、いつの間にか消えてしまった“情報”に振り回されて疲れてしまいます。ですからいつの間にか、期待しないでおこうと自分に言い聞かせてしまいます。期待した分だけ失望も大きいからです。

ところが2018年10月19日にエーザイ株式会社が慶応大学医学部との共同研究で、遺伝性パーキンソン病患者由来iPS細胞から分化誘導したドーパミン作動性ニューロンを使い、パーキンソン病治療につながるのではいかと考えられる『化合物』を同定(同一の物)したと発表しました!やっぱり、期待してしまいます。

★今回、エーザイ株式会社と慶應義塾大学医学部を紹介しつつ、その発表内容を調べていきたいと思います。

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エーザイ株式会社とは?

エーザイの創業者の内藤豊次氏が誕生したのは1889(明治22)年のこと。生家が医者であったとか、薬を扱っていたという背景は全くなく、15歳で就職したのは大阪の貝ボタン工場。

雑用係の彼が薬の業界へと踏み出すキッカケとなったのは、義兄から学んだ“英語力”!何と、1年後にはドイツ商館ウィンケル商会へ入社。1909(明治42)年、兵役で2年の軍隊生活に入るのですが、ここで衛生兵となったことが、彼の運命のターニングポイントとなったようです。

兵役を終えると、神戸で英国人が経営する薬局入社し、海外から輸入した医薬品の製品説明書を翻訳、営業に回り、神戸だけでなく京都や大阪まで販路を広げていったようです。

第一次世界大戦が始まると輸入薬剤頼みだった日本はパニック状態に!その時、豊次氏の元に、「田辺元三郎商店(現、田辺三菱製薬)」から海外取引を任せたいとの、今で言う“ヘッドハンティング”があり、東京へ!

その後も『新薬開発』と『広告宣伝』の二本柱で、関東大震災や日本の激動の時代を乗り切ったのです!けれど、彼の行動は次のステップへ!

あの「ユベラ」です!豊次氏が研究員に開発を命じたもので、日本の“ビタミンE”開発の本格的なスタートとなったのです。その後も躍進は続き「チョコラA・C・D」が発売されます。

1955(昭和30年)社名を『日本衛材株式会社』から『日本エーザイ株式会社』に変更。※理由は読みやすくて、書きやすいみたいな…。“衛材”だったとは全く知りませんでした。

1971(昭和46)年には、新社長のもと海外進出のため『エーザイ』から『Eisai』に社名マークを変更。
更なる社員の意識改革を促す『hhc(ヒューマンヘルスケア)』を1992(平成4)年に企業理念としました。

2001(平成9)年、アルツハイマー型認知症治療薬「アリセプト」などで、ついに世界の製薬会社トップ20入りを果たしたのです。

 慶応義塾大学医学部

 

『慶応義塾』、なんて素敵な響きでしょう!関西人の私は名前だけで、あぁ、やっぱり違う(そりゃ、私の出身大学とは偏差値が違います)と思ってしまうのです。創設者は、かの有名な福澤諭吉。“天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云えり”は、あまりにも有名なフレーズです。

慶応と聞いてイメージするのは都会的、オシャレ、何となく家がお金持ちそうなんて、今どき笑われますよね。福澤諭吉が学問を修める上で重視したのは「知徳」と「気品」。明治初期に、学問に対してそこまでシッカリとしたポリシーを持つことができる…あらためて素晴らしい人物だったのだと思いました。

開塾は1858年。まだ諭吉が25歳の時(数え年のようですから満年齢だと、今の大学新卒くらい?)。1868年(明治元年)に『慶応義塾』と命名。そして1898年(明治31年)には、大学科が5年、普通学科が5年幼稚舎が6年という16年間の一貫教育を始めています。

何だか歴史が凄すぎます。この頃、大学まで進学できた人の割合は何%だったのでしょう?1906年(明治39年)には大学院が設置されています。そして医学科が開設されたのが1917年(大正6年)のことです。翌年には医学科附属看護婦養成所を開設!100年も前の出来事なのに、現代の話しでもおかしくないですよね!

 2017年、慶應義塾大学医学部は開設から100年。Our 5 Core Values 5つの価値を掲げています。
①学部の基本思想
②総合大学ならではの多角的教育・研究
③独自の医学・医療ネットワーク
④多彩なキャリアパス
⑤グローバルな教育への取り組み

『慶応義塾大学』のカッコ良さは、福澤諭吉の「知徳」と「気品」という理念を脈々と受け継いでいるからでしょうか?

今回、発表された内容は?

『iPS細胞』を用いたパーキンソン病に対する治療薬候補物質を発見!神経変性疾患治療薬開発に向けた新たな手法確立への道を開く…私たちパーキンソン病患者にとっては喉から手が出るほど欲しい薬です!

2013年4月、慶應義塾大学医学部とエーザイは「iPS細胞技術を用いた難治性神経疾患に対する革新的創薬プロジェクト」を開始。

慶應義塾大学医学部が有する『iPS細胞』や関連技術とエーザイの創薬技術を合わせ、産学連携での創薬開発プロジェクトを進めてきたそうです。

今回の研究では、パーキンソン病患者由来『iPS細胞』を用いて、パーキンソン病の患者において障害されると考えられているドーパミン作動性ニューロンを効率的かつ簡便に作製し、創薬スクリーニング(選別、ふるい分け)を実施できる実験系を構築。

ついに慶應義塾大学医学部が保有する1000種類以上からなる既存薬ライブラリーを用いて、パーキンソン病患者由来ドーパミン作動性ニューロンに見られる異常を減弱させる化合物を探索できたとのことなのです!難しい…。でもここ重要ですよね!もしかして進行を止められる?なんて期待してしまいます。

2006年に京都大学の山中伸弥教授が開発したiPS細胞技術を利用することで、従来研究することが困難であった疾患に対しても、大きく研究が進展したようです。

慶應義塾大学医学部では2012年に日本国内の研究施設では初めて遺伝性パーキンソン病の患者さんからiPS細胞を作製し、病態メカニズムを再現することに成功しているのです。

今回の成果によって、疾患特異的 iPS 細胞と既存薬ライブラリー(汎用性の高い複数のプログラムを再利用可能な形でひとまとまりにしたもの)を組み合わせることで治療
薬開発と病態解明の両方が可能となることが、まだ明確ではないけれど“分かってきた”と言っても良いのでしょうか?同様の手法を用いることで従
来治療法のなかった神経変性疾患に対しても治療薬の開発に結びつくことが期待されます。

今のところ情報不足で、まとまりのない内容になってしまいました。ただ、iPS細胞が再生医療だけではなく『創薬』にも大きく貢献し、今まで分からなかった難病、希少難病のメカニズムを解く鍵となりつつあることは確かなようです。

まとめ

今回は家族性のパーキンソン病患者の細胞からiPS細胞を作製し、ドーパミンを作る神経細胞に変化させて、パーキンソン病の病気の状態を再現。既存の薬に使われている1165種の化合物を加えたところ、ベニジピンという高血圧に対する治療薬の成分に細胞死を抑える効果が認められたそうです!!

神山淳准教授は「今後は血縁者に患者がいない患者から作った神経細胞でも効果を試し、治療薬の開発につなげたい」とのことです。

一歩前進と言っても良いのでしょうか…まだまだ、これから効果を試し、そして治療薬の開発につなげる…何度も同じ言葉が頭の中をグルグル回ります。まだまだですね。でも、一歩!です。

コメント

  1. ケント より:

    こんにちは。
    ケントです。
    ご相談にのって頂きましてありがとうございました。
    心筋シンチの検査のところにコメントしてますので、体調、お時間のありますときに
    見ていただければお願いします。

    ipsの治療薬ほんとに待ち遠しいですね。