パーキンソン病になると仕事の継続、再就職は難しい?!今後の生活は?

パーキンソン病

私が身体の不調を感じ始めたのが今から12年余り前。40代も後半にさしかかろうという頃、女性にとって“そういう時期よ”って言われてしまうんですよね。メマイやダルさ、不眠、下痢と便秘を繰り返す、頻尿、腰痛…こういうのって、TVのCMでもよく流れてますよね!

身体の冷えやホルモンバランスの崩れから誰にでも訪れる「身体が変化する時期」だよ!それは男女関係なく乗り越えなくては仕方がないと周囲からは言われてしまいます。

でも、そうではないかもしれない。自分の中で何かがおかしいのではないか?と2~3年も経つと思い始めます。どこに行っても異常なし。ただ、病院と薬局の領収書だけが増えていきました。確定申告のときなど私の領収書は別袋に入れて、提出用の袋が破れんばかり…。

ドクターショッピングの最後は『心療内科』でした。最初、抗精神薬のデパスやメイラックスといった“ベンゾジアゼピン系”のお薬が、凄く良く効いたんです。肩こりなどにも処方されることもあるそうで、その筋弛緩作用が一時的に初期のパーキンソン病の症状を押さえていたのかもしれません。

なぜ、このような長い前置きをしたかというと…私が不調をはっきりと感じ始めた年齢が中途半端だった、というか『好発年齢は50歳以上です』と断言しているサイトが多いのです。体調不良から2年ほど経過すると、自分でもネットで調べるようになっていました。

調べれば調べるほど“パーキンソン病”という病名が頭の中で膨らんでくるのですが、自分の年齢が40代以下の若年性でもなく、好発年齢の50歳以上でもない。

そして何より自分が難病に罹患していると思いたくない一心で、心療内科で“うつ”でもパーキンソニズムが起こるよ、という医師の言葉にしがみついて数年間回り道をしました。

パーキンソン病は確かに高齢になればなるほど患者数は増えていきます。けれど、いつなってもおかしくない病気なのです。その辺り、他の科の医師も病気も情報を流している企業のサイトも知っておいて欲しいと思いました。

パーキンソン病という診断がくだり、既にその時には歩行もしづらく、精神的にも追い詰められていた私が選ばざるを得なかった『退職』という選択肢。まず、頭に浮かんだのが「私のお給料無くなっちゃうんだ…」ということ。それがグルグル回っていました。

今回は、私ができなかったことを取り上げてみたいと思います。今まで自分の体験談だったり、医療情報だったりでしたが、いつも胸の奥にくすぶり続ける「もう少しでも、続けられたかも…」という思いを込めて調べていきます。

今さらですが、パーキンソン病は、中脳の黒質にあるドーパミン神経細胞が壊れることによって私たちが必要とするだけのドーパミンが作られなくなってしまうことで発症します。

私たちが自分で思うように体を動かせるのは、“大脳皮質”というところからの指令によるものだそうです。そして、ドーパミンが大脳皮質の指令を調節し、私たちの身体をスムーズに動かしているというわけです。

現時点では、ドーパミン神経細胞が急激に減っていくのか?その理由はわかっていません。ただ、ドーパミン神経細胞の中にαシヌクレインというタンパク質が関連しているのでは?とまでは、以前から記事に良く書いています。

 難病患者の再就職・仕事継続の難しさとは?

私も失業後は、ハローワークに行って障害者用の求人を一生懸命検索していました。でも、気になる添え書きが…『症状が固定(安定)していること』!進行性ではないということですよね!あぁ、本当に難しいんだ!!と痛感しました。

❖指定難病と障害の違いと社会制度

『難病』と『障害』という概念があるのは日本独特なものだそうです。同じハンディキャップがあるのに『障害』の多くは社会的保護政策や公共的に優遇され、指定難病にはほとんどない…それは、それぞれの法律が異なるからだそうです。

指定難病には、難病法があります。一方の障害はというと障害者雇用促進法、障害者福祉法、障害者自立支援法、発達障害者支援法、 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律などなど挙げたらブログが終わりません。

指定難病の社会制度は①指定難病受給者証難治性疾患患者雇用開発助成金※エッ!こんなのあったの?って驚きました。難病患者を雇用した雇用主に対し6カ月ごとに2~3回にわたって助成金支給対象期中に対象労働者に対して支払った賃金に助成率を乗じた額が支給されるのだそうです。

ところが、この制度には拘束力などはなく、中には1年から1年半だけ難病者を雇用して、もらうものを貰った後、雇用を継続しない事業者もいるそうです(あくまでも“そんな事業者もいる”ということです)。

③難病疾患療養費補助金制度。ハッキリ言って何それ?です。一部の市区町村で、3カ月~半年ごとに、数千円から1万円ほどの見舞金が支給されていたそうですが廃止を決めた自治体が多いそうです。私は、聞いたことがありませんでした。

一方、障害者に対しての理解と優遇は、かなり浸透してきたようです。障害者雇用促進法では、常用労働者数が45.5人以上(2021年度からは43.5人以上)の一般企業は、その常用労働者数の法定雇用率2.2%以上の障害者を雇用しなければならないとなっているとのこと。

ということは43.5×0.022=0.957となるので43.5人いればその内1人は障害者を雇用しなさいと決められているわけです。

 難病患者でも働きたい!働かなければいけない場合!

 かと言って、私たち難病患者に働きたいという気持ちが無いかというと、答えはNO!です。社会と関わりを持っていたい、家族を養わなければいけないなど理由は様々でしょうが、意欲はある方が多いと思います。

でも、私たちは服薬時間を守らなければいけません。定期的に通院をしなければいけません(総合病院は診察が平日のみがほとんど)。そして、日によって(時間帯によって)非常に調子が良くない時があります。

また、疲れやすい、薬による突発性睡眠の危険性から“車の運転などが中心の仕事”や“立ちっぱなしの仕事”、“肉体労働”は無理かもしれません。

私が以前通っていた通所リハビリの方はパーキンソン病ではなかったけれど、週1回のリハビリ、通院、時短勤務が認められていました。企業名を聞くと、やはり福利厚生がシッカリしてるんだな!と感心した覚えがあります。

けれど、それはほんの一握り(一つまみかも)なのではないでしょうか?まだ、営業から事務職に配置転換させてもらえる会社でも恵まれていると言えるのでは?

 

では、難病患者は働き通せないの?

それは、理想論だ!と非難を受けるかもしれません。けれど、例えば就職の面接に行ったとします。面接は面接官と求職者が“それぞれ何を求めているか!”を探り合うような感じですよね。

『なぜ、ここで働きたいと思われましたか?』と質問されて、『ここなら、病気を抱えた自分でも勤まりそうだから』と答えたらどうなるでしょう?お見合いは成立しませんよね。

確かにパーキンソン病になってできないことは増えました。これからドンドン増えていくでしょう。でも、少しですが視野が広がったこともあります。障害者、難病者は自分とかけ離れた存在だ!と思っていたのですが、“私”に変わりはないのです。

このブログにしてもそうです。自分が病気の情報をブログで発信するなど、健常者だった時には想像すらできませんでした。そして病気になってから出会った人、お世話になった人など、数え切れません。

仕事もそうやって、『この仕事を通じて自分ができることはこれです!』とハッキリ主張できなければ(健常者であっても)、雇用主は給料を払ってくれる筈はありません。逆に、それがハッキリしているのなら、雇用主にとって目の前にいる難病患者を雇うメリットがある筈なんです。

お見合い成立です。そこから、どんな働き方をすれば無理が無いか、歩行や排せつの環境は整っているかといった話に繋がっていくのではないでしょうか?

 

まとめ

難病者の雇用は、まだまだこれからといったところですが徐々にですが理解を示してくれる企業も増えているそうです。

今の会社に勤め続けるとしたら『自分は、こういう形で会社に貢献できる』。再就職するなら『私には、まだこれだけの能力がある』とアピールしていくことが大切だと思います。企業は営利団体なのです。

傷病手当や失業保険で休んでいる間、しばらく休むだけ休んで、少しでも気力が出てきたら、今までできなかった資格取得の勉強に当てるのも良いかもしれません。待っていても誰も助けてくれません。

厳しいようですが、どうしたら良いですか?!と声を上げれば、誰か応えてくれます。資格を取って暫くは勤め、進行してきたら在宅に切り替えることもできます。まだまだ、難病患者の就業の道はイバラの道ですが、何かできることはないか?とアンテナを常に立てておきましょう!

また、DBS(脳深部刺激法)やデュオドーパなどのデバイス治療(外科的処置を施す治療)も実績を上げてきています。働き続けたい、少しでも今よりも良い状態に!という気持ちを主治医に告げ相談してみるのも選択肢のひとつかもしれません。

パーキンソン病になったことを勤め先に報告していないという患者さんもおられるようです。戦力外とみなされるのは怖いです。けれど、薬が劇的に効く“ハネムーン期”は、たかがしれています。その時でさえ体調には波があります。

勇気を出して話してみましょう。どうすれば良いかはそれからです。パーキンソン病になった自分をまず自分が受け入れなければ仕事はできません。

 

コメント

  1. ユリ子 より:

    こんにちは。二回目の✉️です。仕事についての記事、読ませて頂きました。パーキンソンを発病してから無職のまま丸二年になります。体調の良い時間は何か出来る仕事があるのでは…と求人を見ては、やっぱり無理かなと不安に駆られて諦めるという繰り返し。このまま何もせずに家で家事だけして世間に関わる事もなく日々過ぎていくのがちょっと怖いです。皆さんはどうなんでしょうか?働いたり、日々の生活を有意義に過ごせたりしていますか?
    なるべく前向きに考えるようにしてるのですが度々落ち込みます

    • コメントありがとうございます。最近はパーキンソン病友の会以外にも本当にたくさんのパーキンソン病のコミュニティができています。私もPDカフェというコミュニティにも参加しています。こちらは友の会と違って?若年性の方が多く、ある意味?私は浮き気味ですが、刺激もらってます。パーキンソン病でも仕事を続けておられる方はたくさんおられます。けれど、傾向としては有資格者だったり、会社の福利厚生がシッカリしていて受診、フレックスタイム、テレワークなど私たちの体調に柔軟に対応してくださる会社に勤務していないとキツイかも…。私はというと、ネットでお店を始めました。健常の時は考えもしなかった人生です。動作緩慢もあり、注文への対応が大変です。大した収入にはなりませんが一日はアッという間に過ぎていきます。当然、何か始めればストレスも増えますし(笑)この病気になると、落ち込むのは簡単です!まさに秒殺で落ち込みます。とにかく処理能力が落ちて、ブログは最近更新できてないんですが、今書き始めているのがとんでもなく暗いツブヤキかも。もう8年目ですが、絶望8割、希望2割といったところでしょうか!それでも生きてます。

      • ユリ子 より:

        オンラインコミュニティですか!それはそれで、また躊躇してしまいますねf(^^;
        確かに怖い面もありますね。かといって直接そういう場に出向く事も…今はまだ無理ですね(^o^;)もともとが消極的人間なので💦
        こうして少し話を聞いて貰えただけで気持ちが軽くなった気がします。またがんばってみます!お忙しいのに丁寧なお返事ありがとうございます。また悩んだり、滅入った時に…メールさせてくださいm(__)m

  2. ユリ子 より:

    早速のお返事ありがとうございます。PDカフェいいですね!そういったものが身近にあるといいのですが。田舎なので友の会なども一時間以上車に乗らないと行けないので…そういう(同士)みたいな人達が身近にいたらなあと?つくづく思います。ただただ共感してもらいたいだけなのですが…
    何か自分で動き出さないとダメですね。わかっているけどなかなか難しいです。

    • いえいえ、オンラインコミュニティです。こちらの近くにも障害者や難病者が集まったり、安全に運動したりできる施設は、交通の便が悪いところにあります。今は、オンラインでグループやコミュニティが多いですよ!それは、楽しいものではあるけれど、SNSの怖さも裏腹に…。けれど、気の合う仲間が見つかれば、チョッと苦しい時に話しを聞いてもらえます。メッセージを交換できます。私も友の会を通じて知り合った遠方の友達と(年齢はバラバラ!)ツラい時“ダラダラトーク”をします。数分話せば泣いていたのが、泣き笑いくらいにはなります。切る時には“なんとかなるかも”みたいな気持ちにはなります。動き出すのは動き出せる時が来てからで大丈夫。この病気は闘っても勝てる相手ではありません。受け流しながら力を蓄えましょう!これって、自分にも言い聞かせてます。今日も「私が生きてる意味あるんかな~」ってつぶやいていたそうです(主人談)。

  3. 藤原 清民 より:

    いつ会社に病気であることを報告するか。
    私がパーキンソン病と診断されたのは約27年前です。私は、ある地方銀行に勤務する普通の銀行員で仕事でも家庭でもこの時が幸せの絶頂でした。銀行は厳しい競争社会です。難病であることを人事に知られれば、今までの苦労は水の泡です。私はかなりの期間報告しませんでした。しかし、事故でも起こせば、報告していなかったことの責任を問われたことでしょう。たまたま運が良かっただけです。いろいろ工夫しましたが、結局追いつかず、白状した私は、本部に転勤になりました。人事部の出世リストからははずされてしまいましたが、銀行の中枢部署を経験できたことは私にとって有意義な経験となりました。若年性の皆さんにとっていつ会社に報告するかというのは迷うところだと思いますが、会社との信頼関係のことを考えると、一刻も早く、報告した方がいいと思います。まともな会社なら、それなりの部署に転勤させてくれるはずです。

    • コメントありがとうございます。私が体に不調、それも“嫌な感じ”を感じたのは46から47歳の頃です。どこの科を受診しても検査をしても異常はなく6年近くの年月を費やしました。それでも「仕事を辞める」という選択肢は当時ありませんでした。私の場合体調が悪いのに原因が分からないことで精神的に追い詰められ鬱状態でした。もっと早やくに分かっていれば辛かったとは思いますが仕事を続けていけたのではないか?その疑問が仕事を辞めた2013年から8年めだというのに頭の中から消えたことはありません。落ち着いてから障害者の就業支援コーナーのあるハローワークに何度も相談をしましたが、雇用条件の一つに“症状が安定していること”と明記されていることが多かったです。けれどそれは私たちPD患者にとっては「門前払い」ということなのです。PD患者、特に若年層、家庭を支える現役層がカミングアウトできずにいる…今の職を失ったらどうすれば良い?罹患している病気を承知で雇用してくれる企業があるのか?本当に大変な問題です。働きやすい部署に異動させてくれる、それが叶う企業は多いとは言えない気がするのです。実際のデータもなく無責任とお叱りを受けるかもしれません。企業も生き残りをかけて大変な時とき営業や現場から事務職、テレワークに部署替え、おまけに個人クリニックでない限り診察は平日なのでその日は休暇をとることができる、勤め先のフロア、トイレが私たちPDにとって使いやすい、体調によるフレックス勤務も少しは可能。こういうことができるとなると、かなり福利厚生が手厚い企業に絞り込まれてしまうのです。とは言え悲観的なことばかり考えていてもしょうがないです。中には家族にすら何年も話していないという患者さんもおられます。働き盛りだと家のローン、子どもの進学と頭パンクしそうですよね。今私が書いているのも理想論と言われそうですが、厚生年金をかけている場合「障害年金」(当然退職せず定年まで勤務できるのがベスト)の受給という方法もあります。厚生年金の場合家族手当もつきます。まだ何とか仕事が続けられる人は別として、限界を感じておられる人の場合、家族で話し合うのも大切かも。誰かにガマンさせる(例えば進学)のではなく、家族にとってベストと考えられる道を模索するのも良いのでは?障害者手帳、傷病手当手当を使えば2年間くらいは自分の勉強にあてられるかもしれません。その間に家で働ける資格を取るという手もあります。どの道を選んでも大変です。けれど進むしかありません。診断から27年。それからずっと頑張ってこられた…凄いです。私ごときが返信できる資格などないとは思います。このつたないグログにコメントをくださったことに深くお礼申し上げます。

  4. 児嶋 雄一 より:

    最近ここを知りました。今年60才になりパーキンソン病ヤール1度で失業しました。
    住宅ローンがある持ち家で生活保護も受けられず、単純労働しかできないので失業給付金4カ月貰ったら終わりです。神に祈る日々です。

    • コメントありがとうございます。昨日8割程度入力した時点で不覚にも眠ってしまいました。早速ですが本題に入ります。いくつか質問させていただきます。不快な思いをされたり、なぜこんなことまで訊かれるの?と思われたら、返信の必要はありません。私も医師でもなければ、年金などの有資格者でもありませんから。ただ、まだ60歳、今の景気や将来の年金生活を考えると健常者でも大変かとおもわれます。まして私たち“治療法の確立されていない難病”に罹患した者にとっては、病気への不安、今後の経済的な不安は、パーキンソンン病の実態を世間が把握していないこともあり、と今の不安な気持ちはいかばかりかと推察いたします。あらためて質問させていただきます。
      ◎厚生年金に加入されていましたか?
      ◎ヤール1だとレポドパ(L-ドーパ)を服用したら、健常者並みに動くことはできませんか?
      ◎特定指定難病の受給者証の発行を主治医から勧められませんでしたか?
      ◎障碍者申請はされましたか?
      ◎会社からの解雇通知でしょうか?ならば会社都合で失業保険がすぐでると思うのですが。雇用保険に加入していなかったのでしょうか?退職願を書かれた場合は、自己都合となります。
      ◎傷病手当の話しは会社の総務または人事関係から無かったですか?
      ◎障害年金(障害者がもらう年金ではありません)の申請を考えられたことはありませんか?
      すみません。すごく長くなりました。

      お金だけが…ではないでしょうが、やはり落ち着いて治療に専念するには必要です。申請できるものがあればよいのですが。
      主治医は、介護認定などの話しはされませんか?最後にもう一つだけ、住宅ローンを組む際“団体信用保険”に加入していませんか?             

  5. チギ太郎 より:

    40歳になって若年性パーキンソン病と診断された50歳の男性です、大変興味のある内容について触れらている内容のブログでしたので感想を述べさせていただきます。偏った意見になるかもしれませんが、お許し下さい。
    実際に自分が障害者となり、一般的な障害者雇用の仕事内容を知ることで、企業に対する半強制的な障害者雇用に疑問を持つようになりました。
    障害のある無しに関わらず、本当に能力のある人は一握り、ほとんどの人は凡人。しかしながら、凡人の健常者は能力の差を体力の面でカバーできます。そこにハンデのある凡人レベルの私のような者が入っていくとき、企業に納得してもらうというのは至難の技ですよね。
    「障害者だからこその強みは何?」という言葉がありますが、人間的な強みに繋がることは思いついても、企業等で働く上で求められる強みって何なんでしょうね?

    • コメントありがとうございます。現在我が家がガタガタしており、返信が遅くなってしまいました。PD患者の就労についてですが、やはり事務的な職種によっては(かなり限られた職場、職種、職歴ではありますが)罹患後にかかわらず仕事続けておられる方だっておられます。ただし、前のブログにも書きましたが、パーキンソン病最大の難関!!“進行性であるということ、またほんの一部ですがONとオフという厄介な症状があるということ、人によって症状が違うのです。
      そのため雇い入れる側にも“パーキンソン病”に対する理解などを深めていただく必要があります。これは、誰だって分かりますよね?今さらです。うーん、強みですか?思いつくのはある一定人数が働いている企業は障害者枠はあると思います。その枠にお見合い成立(就職もお見合いみたいな感じかな…)、ビビツ!とくる人が応募してくれれば企業にとってもメリットです。これは強みですね。
      他には、例えば福祉用具を作っている会社だと体験談、要望、使いやすさ、安全性などを社員に試してもらえる。生の声です。強みかな?また少し考えます。楽しいコメントありがとうございます。

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