パーキンソン病の治療の歴史をたどってみました。


今までの記事は、これからのパーキンソン病の最新治療はどうなってくのか?開発中の薬の発売開始予想は?など、先のことばかりに目を向けてきました。それは、自分が不安だから、何とかして“新しい治療法”を探したいから、必死でもがいていたのです。それは、今も続いていますが…。

けれど、私たちパーキンソン病患者が平均寿命まで生きられるようになった背景には、並々ならぬ治療の歴史が、努力が有ったはずです。今まで、最新医療、完治医療にばかり気を取られ、先人たちの苦労や努力を考えてもみませんでした。

今回は、パーキンソン病の治療の歴史や歩みについて触れていきたいと思います。なんだか、子どもの夏休みの“自由研究”の宿題のような書き出しになってしまいました。

 

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『パーキンソン病』という病名がついたのはいつ?

 

『パーキンソン病』の報告は1817年ですから、ほぼ200年前ですね。イングランドのジェームズ・パーキンソンにより、パーキンソン病の症状の6症例を、振戦麻痺(shaking palsy)という名で紹介しています。当時の症状は、寡動・安静時振戦・姿勢保持障害・前傾姿勢・小字症など、筋強剛については、まだ記載されていなかったようです。※これは、有名なのでご存知の方も多いはず。

ところがジェームズの報告は長い間評価されなかったようです。1888年、フランスのジャン=マルタン・シャルコーに再評価され、この時には筋強剛も記載され、シャルコーの提唱により『パーキンソン病』という名称になったとのことです。

その25年後には、フレデリック・レビーが神経細胞内の封入体(レビー小体)を初めて記載しその6年後には、ロシアの神経病理学者コンスタンティン・トレティアコフが、パーキンソン病の責任病変が中脳の黒質にあると発表!これって当時としては、凄いスピードで核心に迫ってるように思えるのですが…。

このペースでは、進み続けられなかったということでしょうね。私たちが、今でも命綱として服用し続けている薬はいつ頃開発されたのでしょう?

パーキンソン病の薬の誕生は?

パーキンソン病の治療の歴史


●19世紀末までに“ベラドンナアルカロイド”が効果のあることがわかる。
●20世紀に入ってスコポラミンによる治療。1949年にはトリヘキシフェニジル(英語版)の治療。
★1913年 L -ドーパ (レボドパ) が精製単離される。1950年代後半から脳内、特に線条体でのドーパミンの低下がパーキンソン病で見られることが報告され、1960年代にレボドパを使った実験・試験が始まり、効果が明らかとなったのです。

ベラドンナアルカロイド:副交感神経遮断薬。初めて聞く名前ですよね。
中枢性代用薬でパーキンソン病における、線条体ドパミン作動性神経の機能低下とそれに伴うコリン作動性神経系の機能亢進のアンバランスを是正。特に振戦を伴う軽症例に有効。となっています。
スコポラミンも同様の効果があるようです。

   

順を追って見てみましょう!

*1860年~:ベラドンナアルカロイドによる治療
*1950年:抗コリン薬を使った治療
※レポドパが使用されるまでは、発症から死亡するまで平均7年程度だったそうです。でも今の自分に置き換えてみると「薬なし」で7年も生きられたかどうか…。


*1980年:レボドパ合剤使用開始⇐今からわずか40年ほど前なんですね!

*1985年:パーロデル使用開始
*1992年:ペルゴリド
*1996年:ドミン
*1998年:エフピー(MAOB阻害薬)
*1999年:カバサール
*2000年:深部脳刺激術(DBS)
※パーキンソン病に対するDBS治療の歴史は思ったよりも長く約25年以上。2016年の時点で、世界中で135,000人以上のパーキンソン患者が手術を受けています。 日本では2000年4月に保険適用となり、手術に踏み切る方が増えたようです。

ただ、DBSも根治治療ではありません。薬の服用を続ける人が大半です(ただ、服薬量は減るようですね!)いろいろと、DBSに関しては賛否分かれるようです。術後しばらくは症状が改善しても5~6年後には元に戻ってしまう…など。

でも、それに反する意見としてはパーキンソン病は進行性の病気です。もし、DBSをしていなければ、もっと症状が進んでいたのでは?というもの。

日本でDBSが保険適応になってから18年。当時、DBSの治療を受けた人の神経刺激装置の電源を切ると、明らかに運動症状が悪化するそうです。ということは、やっぱり治療法としては有効なのでしょう!

2000年4月にDBSが保険適応となった当時は、デバイス治療は薬でコントロールが効かなくなった“最終手段”という考え方だったようです。ですからDBSの手術を受ける患者かなり進行した方ということになります。

そして、手術時の平均年齢は60歳代後半。今は認知機能の低下に苦しんでいる方が多いそうです。1950年以降パーキンソン病の治療は画期的な進歩を遂げました!それでも意欲低下や認知機能低下の治療は未だ難しいのが現状のようです。

最近では、DBSに加えデュオドーパという内視鏡を使用して胃ろうを造設し、空腸までチューブを挿入し、そのチューブに体外式のポンプをつなぎ、レボドパ・カルビドパ製剤を持続的に投与するというデバイス治療も承認されました。

まとめ

200年前に『パーキンソン病』として治療法の模索が始まり、約40年くらい前に“レポドパ”の開発によって平均寿命もPD以外の人と変わらなくなりました。でも、まだ根治治療にまでは至っていません。

こうやって調べれば、調べるほど、その道のりが遠く険しいように思えてくるときがあります。それでも、笑っている時があります。友人と楽しくメールをしているときがあります。それは、生きていればこそできることなのです。希望を捨てず、また明日に向かって頑張りましょう!

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コメント

  1. チビタ より:

    いい話しと思います。
    あくまで「可能性」の話しですが大きな動きはひっそりと進んでるのです。
    一昨日に中外製薬工業の社長様から直接私にメールしてくださったのですが
    ついにPRX002/RG7935の日本治験が2月から始まりました。
    https://www.chugai-pharm.co.jp/ir/reports_downloads/pipeline.html

    日本で開発するなら中外と目星をつけて日本でも開発して下さいと直談判に
    上ったのですが、狙いは間違ってなかったようです。
    順天堂の話しもありますが
    PDの治癒薬は効果と時間次第まで大きく前進しました。
    アルツハイマー薬もbaiogenBⅡB037がいい成績を出したようなので
    抗体治療の可能性だけは来てます。

    私の多系統萎縮には何の恩典も無いように見えますが
    先ずはPD創薬です。
    あなたも病初期ではない。僕もPDでないから厳しいですが
    厚労省ルートの裏道がある。
    またメールします。

    • 抗αシヌクレイン抗体PRX002(RG7935)ですね!直談判は凄すぎます…がありがたいです。そこまでしないと動きませんか!

      私は、介護保険を使った通所リハビリから、健常者と一緒にするカルチャーセンターに移りました。健常者と一緒ですから、かなりきついのですが、トレーナーも病気を承知で横に椅子を置いてもらってやっています。

      短時間で効率よく鍛えられます。あと、訪問リハビリを増やしました。他人に合わせて和気あいあいとやっている余裕はありません。自分に合ったPTに自分に合ったメニューを考えてもらってます。

      お喋りは、友だちとします。通所リハビリやディサービスを否定する気は全くありませんが、自分で一歩踏み出しました。

      薬の情報、ありがたいです!頑張ります。

      • チビタ より:

        以前にαシヌクレイノパシーのことで多系統萎縮症の紹介がありましたが
        日本ではそのような説明がされているのでだまってましたが
        私のように2年1ヶ月通勤した人間はかなり状態がいい方です。半年もせず車椅子になっている人が多く、論文をみてもなぜか日本1国だけが「緩徐進行で認知障害は無い」とされており海外ではすべからく「壊滅的急激進行で1/3が認知障害が起きる」と書いてます。
        これがとりかえしの効かない大きな誤解を生んでおり医師ですらそう思っている人が多く不幸を生んでます。たしかに9年くらいの長きに渡って息はするんで間違いでは無いのですがね。
        かく言う私も7月末に退職します。

        話は長くなりましたが
        なのでこの立場になるとharetokidokiさんもこうなりますよ。
        なので、どこまでやろうが進行を止めないことにはなんら凄くもないです。
        haretokidokiさんの想い近いですよ。
        僕も今月半ばから訪問リハにきてもらってます。週あたり40分を2回です。
        なぜか通所リハにいくのが当たり前になってるのが僕にはよくわりません。
        というのも彼ら老人まで生きれる運命にも無く彼らはなんら悪くないのにどうしてもやっかんでしまうのです。
        これではお互い良くないので訪問にしてもらいました。

        結果的に、一部PD病を支援することになりますが
        いよいよやれることも僅かになり、また機能的にも自分では外出も困難(妻は精神破綻しまして僕の代わりは出来ないのです。もう1年半も無言です。)になってきており、僕の持てるもので使えそうなものは使ってほしいです。

        ねっ?
        酷い状況でしょ?まだまだありますが(歩行練習してると障がい者は死ねと叫ぶ小学生達もいます)全ては生きるしか手は無いのですよ。

        明日を生きようとする姿、現実を見る姿に共感してます。
        周囲に同じような人がおらず孤独感が強いでしょうが心を折らずに生きてください。

        • 本当に、本当にありがとうございます。
          こうなったら、もがけるだけもがくしかないですね!

          今日は、主治医の診察日でした。6月ぐらいになれば新しいMAO-B阻害剤アジレクトが発売開始になるだろうから試してみようということになりました。

          まだ、日本人に合うかどうか?という懸念はあるようですが、冒険されない先生にしては珍しい提案です。

          私も、試せるものは試してみようと思ってます。頑張りましょう。