パーキンソン病の薬を服薬し始めて10年近く。おまけに主人はステージⅣの進行性肺がん!老々介護に、またもや暗雲が!!!!


本来ならセカンドオピニオンを詳しく調べるつもりでした。皆様もセカンドオピニオンに関しての知識はもたれていると思います。でも、私なりに詳しく調べお伝えするはずだったのですが…。

※私が主人の肺がんのことを書き始めた頃、令和3年6月下旬。自分で起きられないと一番近い整形外科に飛び込みました。その病院の先生が、主人の体の異変に直ぐに気付いてくれなければ今頃どうなっていたのだろう?

正直、春の会社の健康診断ではなにも特記するすることが無かった主人の身体が数か月でこんなことになるなんて…直ぐには受け入れられませんでした。入院前に撮った4月のイチゴ狩りの画像が懐かしく思えるほど色んな事を考えました。6月末に病気が分かり、まだ半年も経っていないのに10年分ぐらい生きている感じがします。

2人に1人は癌になる時代…長寿国になった宿命かもしれません。

6月の末に整形外科で用意してもらったMRI画像、紹介先の医療センターで撮った造影剤を使ったCT画像、エックス線画像、PET検査の画像が担当医と私たち4人家族の前に映し出されたのは、7月1日に入院してから1週間後。
子どもたちが休暇を合わせられる日になりました。
※PET検査:実際の費用は10万
検査の際に体内に投与する検査薬FDGは、式名称は18F-FDG(フルオロデオキシグルコース)グルコース(ブドウ糖)に目印となる「ポジトロン核種(=陽電子放出核種)」を合成した薬剤だそうです。難しすぎ💦

今では家族、患者が拒まなければ担当医と家族で4~5人程度であれば、コロナ禍とは言え、厳戒態勢の中ですが、家族4人が揃って担当医の説明を受けることができました。何年か振りで家族が揃うのが主人・父親(子供たちにとって)の癌告知の日になろうとはその2週間くらい前には考えもしませんでした。
※急な長期欠勤の知らせに勤め先の方からは“まるで事故に遭った連絡”のようだと言われました。

ある程度の危機感も持ち合わせていましたし、私たち夫婦+久々に子供たちで説明を受けました。大きな画面にまず、ペットで撮影した全身の画像が浮かびました。

画像で観ると、“がん細胞”が“私の危機感”以上の広がりでした。全身に点々と検査を受けた結果が浮かび上がります。

首の後ろ側にある頚椎が7本とも潰れている!?人間てそんな状態でも生きていられるの?などと訳の分からないことを思い浮かべていました。頚椎が潰れた強烈な痛みで仰向けになれず、抗がん剤治療は無理。点滴時間は2時間ですから。先に放射線を首に照射してから、抗がん剤治療に進みました。

最初の2回くらいは、なかなか順調だったのですが、その後抗がん剤治療の薬が合わなくなってきたのか体調が優れない日が増えました。その時には、9月一杯持つかどうか?と言ったところです。そんな言葉も出ていました。

そしてセカンドオピニオンを経て、かなりキツイ(と言ってしまえば誤解につながるかも)新しい抗がん剤治療に踏み切りました。ようやく、新しい抗がん剤が効いてきたのか、最も苦しかった時期を何とかしのぎ、胸水も溜まらず、酸素濃度も安定し、外でも酸素ボンベなしの生活が!!ただ、我が家はなぜこんなに色々起こるのか?

ホッとしたのは、ほんの束の間で、今度は脳梗塞です。現在、抗がん剤治療のために短期入院する病院と、脳梗塞の治療のために入院する病院は別々です。私にとっては精神的ストレスは2倍かかってきます。

※上記の2倍というのは『高額医療限度額申請書』で承認された金額は、複数の病院で合算できないのです。例えば、Aさんの限度額が月に8万円だったとします。○○第一病院だけで、ひと月の入院費(食事代は実費)、治療費などの合計が20万円だったとして、この場合Aさんが支払う金額は8万円+食事代、その他雑費となります。別の○○第二病院を受診すると、もう第一病院で限度額を超えているから例え入院しても食費やその他の備品のみという訳にはいきません。
※ただしこれには新たな支援があるようです。調べてみます。

脳梗塞の症状は後ほど!

私は、全国パーキンソン病友の会兵庫県支部のホームページ作成、更新をしています。作成に4月~6月の2ヶ月間、今は更新です。

早く、いろいろなことが収まり「haretokidokikumiri」に戻ってきます。私の心もその頃には、晴れ時々曇りくらいになっていれば良いなぁ!思います。

今、兵庫県支部のHPを更新中。
jpda28.jp
覗いてみてください!!

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コメント

  1. 小林 達子(七つの水仙) より:

    玉田彰子さま
    RSBのオンラインクラスで一緒の小林達子です。昨日はこんな偶然あるのかと、驚きの一日でした。ブログは私がパーキンソンと診断されてすぐに、他の方々はどうして日々を過ごしているのか知りたくて検索し、見つけました。
    いつもお体が大変な状態の時でも、情報を発信し続けてくださって、すごい人だなぁと感心してばかりしていました。
    私は発症してから、6年経ってから友の会に入会しました。初めて行った例会が総会で、総会の役員名簿に名前が載っていて、お断りしましたが事務局長があなた元気そうだからの一言で引き受けることとなりました。
    それから間もなくコロナになり、会の活動は休止のようになりました。引き受けたからには何かしたいとアイディアは出てくるものの、事務局長は骨折から施設に入所されたので、どこから手をつけていいのかわからない状態です。
    青森には西崎さんという全国誌の編集をしている方がいますが、今は西崎さん頼みの会の運営です。
    でも今日兵庫県支部のホームページを拝見し、玉田さんの「先人の想いを次へ繋ぎたくて」を読み、私も微力でも青森の友の会に尽くしたいと思いました。

    • 返信遅くなりました。申し訳ありません。このブログの話しをした次の日に、なぜかパスワードが無効という表示が出たままになりました。私は、プログラムまで自在に触れるほどハード面は強くなく、四苦八苦の結果…これも保存できるかどうか?でも、このところ、自分の中で落ち込むことが多かったので、あの日の偶然は例えようがないほど嬉しいものでした。まだまだ、世の中も神様からも見放されてないって!!オーバーですが、この8ヶ月いろいろなことがありすぎでした。私もまた、情報提供頑張ります。そしてボクササイズも楽しみながら続けていきたいと思います。オンラインで素敵な出会いがありました!是非、遊びに来てくださいね。薬と運動、両輪を上手くコントロールしていきましょう!これからもよろしくお願いいたします。