パーキンソン病診断から9年。次は主人に肺癌と頚椎への転移癌が見つかりました!夫婦揃って厄介なことに…。


主人が初めて首の激痛で起き上がれなくなって2ヶ月と1週間が経ちました。
その前の日まで、出勤していく後ろ姿に“行ってらっしゃい”と声をかけていたのです。
そんな毎日が、目標の70歳まで後5年続くであろうことに、私たちは、何の疑問も不安も感じてなかったのです。

『年金受取ながら少しノンビリ暮らしたいね!』大それた望みだとは思えません。細やかな望みだと思っています。今でも。還暦過ぎてから引っ越しをしたのも、公共交通機関が整い、駅まで徒歩圏。築〇十年の物件ですが住みやすくリフォームも済ませました。

なのに、それをあざ笑うかのような…運命と言ってしまえばそれまでですし。家族との別れは、絶対に来るのです。この世に生を受けた瞬間から、必ず来る別れに向かって歩き出しているのです。

今、これを打っているのが9月初め。朝から色々な連絡事項を処理していたら、直ぐお昼。慌ただしく何かを口に放りこんで主人が入院する病院へ!最近は週に3回ペース。やや(かなり)疲れ気味です。このペースだとアップするのはいつになるやら💦 

今年の夏は、季節を感じる余裕はありませんでした。7月1日に入院する10日くらい前に初めて体の痛みを感じてから約1週間で入院。それまで病気らしい病気をしたことのない主人にとっては不安だらけだったはず。

なにせ家で留守を守っているよりも外に出たいパーキンソン病患者は転ぼうが、へたり込もうが出かけます。今までの私がそうだったので、主人から「普通通り、少しは気持ちに余裕をもって生活して欲しい。腫れ物に触るようなLINE(唯一ベッド上でのコミュニケーションはやめて欲しい」等々、注意事項が言い渡されました。

そして、私は今まで通り、週に一度の「ボクササイズ(パーキンソン病患者のためのプログラムで90分!中5分の休憩)と友の会のHPの更新(そちらにも薬学 名誉教授である兵庫県支部長の元で、お薬情報を書き始めました。www.jpda28.jp)などなど、マグロスケジュール(止まったら死ぬ)状態で、余計なことを考えず走り続けています。それと卓球療法士主催のヨガもボクササイズ同様オンラインで受講しています。

今の私は、これまで生きてきた中で一番笑っているのかもしれません。私が笑わなくて誰が笑うのでしょう?『相変わらず前向きね!』って言われます。そんなことあるはずないですよね。泣いても事態は好転しません。それなら私を支えてくれる大切な人たちと無理矢理でも良いから笑っていたいです。主人も安心します。

どちらも元気で老後ノンビリと旅行に行かれているご風ももおられるのに…。人は生まれた時から“最期の日”、“家族との別れの日”がいつかは来ることは“分かっていたつもりの自分”、でもいざ命の期限が告げられると“冷静な判断ができない自分”がいました。

数日おきに行なうレントゲンや酸素濃度(ボンベは命綱なんです!)、吐き気や倦怠感などをついLINEで訊いてしまうんです
。相手にとっては、せっかくメール交換しているのに、楽しい話題がいつの間にか、私の繰り言に変えてしまい最高に後悔してます。

7月1日から入院は50日に及びました。8月20日に一旦は通院で“抗がん剤治療”を受けることが可能なのではないか?というところまで回復していたのに…。退院直前に受けた3度目の抗がん剤治療の後、急激に悪化しました。
言えには酸素ボンべの据え置き用を用意し、出かける時用のぼんべを用意してもらいました。病院に調査員に来てもらい『要介護2』の申請がおりたので。電動ベッドも運び入れ、壁面に棚も作り準備万端で迎えたのですが、今までにない倦怠感と酸素濃度の低さ!結局、家に居たのは4日間だけ。再入院となりました。

今は、コロナの影響で、例え家族であっても会えません。病棟の中にすら入れません。着替えや、喉越しの良いビタミンのゼリードリンクが美味しいらしく、次に来る時までの3日分くらいのリクエストされた“飲み物”、“チョコなどのお菓子”などを地下のローソンで買います。

それと着替えとでボストンバッグがイッパイになるので、正面玄関前に設置されているカートを借りて、病棟へ。ナースさんに荷物を手渡すと、それを持って部屋に入り、洗濯物と交換して、病棟の前で手渡され、入院中の様子などを少し訊き帰るという繰り返しです。

サイド上

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検査、検査で一日が過ぎていきます!

病院に到着し、入院手続きを済ませている間にも、担当医が次々と検査の指示を出していきます。

CT検査と言えば、最初は一瞬で終わるものと考えていました。でも、ほとんどの検査は“造影剤CT検査”。造影剤を静脈注射して行います。かなりハッキリと肺の中が見えます。体の中を循環させてから撮影するので約15分ていどかかります。

MRI検査は“脳転移”を調べるためでした。この検査は、担当医も「もし、脳にまで転移していたら」と、相当心配したそうです。肺がんが他の部位に転移している時点で“ステージⅳ”となりますから。※肺がんそのものの診断にはMRIは有効性という点では精度が落ちるようです。

PET(Positron Emission Tomography)はFDG(放射性フッ素を付加したブドウ糖)を注射して1時間前後、安静にしてFDGが取り込まれるのを待ちます。撮影時間は30分程度です。PET検査には、一度にほぼ全身の撮影ができるという特徴があります。まさに結果を突き付けられる感じです。

 

いよいよ入院です!

何とも言えないですね。病室へも一緒に行けない…。ただただ、見おくるだけです。進行癌なので手術で取り去ることはできません。「放射線治療」と「抗がん剤治療」でどこまで癌を小さくできるか。その闘いです。

7月1日に入院をしてから50日間に及ぶ1回目の入院。放射線治療にいたるまでにも首の骨に転移した癌の壮絶とも言える痛みで、放射線治療の“20分間横になること”ができるようになるまでに1週間くらい費やしました。“麻薬系の痛み止め”でも横になれない…何もできない自分が情けなく。

でも家族それぞれができることを頑張ってやるしかないのです。私も一人で暮らしてみて、今までいろんなことをなってもらっていたことに気づかされました。そして、転倒などに気をつけながらですが、自分でできることがたくさんあることも分かりました。チョッとした工夫で重い物も何とかなる!

まだまだ、闘いは一喜一憂しながら続いています。まだ、長い道のりの入り口だと思います。書ける範囲でブログにアップしていきます。パーキンソン病で要支援2の私が家と主人が入院する病院を行ったり来たりするという“介護する側”にまわってしまったのです!
ついに老々介護です!!!

遅くなりました!肺がんの種類です。

非小細胞肺がんと小細胞肺がんに分かれます。

非細胞がん→腺がん
      ↘ 扁平上皮がんや大細胞がん

一般に、小細胞肺がんは、非小細胞肺がんより、進行が速くて、転移もしやすいと言われているようですが、今回主人の癌の進行をみて、“癌の強さ”、“抗がん剤との相性”、いろいろな要因が影響するように思われます。主人は“腺がん”と診断されましたが、進行は速かったと思います。
ただ、PET 検査で他の臓器に転移がなかった事、骨にとどまっていてくれたこと、脳転移が無かったことなどを考慮に入れると、やはり“やや緩やか”と言えなくもないかも…です。

次回老々介護について書こうと思っていますが他の用事も立て込みいつになるやら…。

コメント

  1. 久美子 より:

    どうして、そんなに頑張れるのですか?いいえ、頑張り過ぎです
    ご自身の体も大切に。無理しないでくださいね
    ご主人の回復を願っております。
    それしかできなくて。

    • コメントありがとうございます。実は、頑張らないと、一度立ち止まると、もう立ち上がる気力は残ってない気がして。レントゲンや酸素濃度の数値に一喜一憂する毎日…結構きついです。自分の病気のために始めたブログ、そして外と繋がろうとして入ったパーキンソン病友の会表県支部。ここで縁のあった方々とのこのコメントのやり取りだけでも、どれほどの励みになるか。診断後、落ち込む私に、このブログを書くように勧めてくれた主人のためにも、もうひと踏ん張り!頑張ります。

  2. 利恵 より:

    何か書きたい、何か伝えたい、と頭の中、胸はいっぱいなのですが、ぼおっとしています。
    私は、悲しみ、痛み、苦しみ、病気など、わからないけれどなにか意味があるんだろう、と、自分を慰めてきたような感じですが、今、はっきりしているのは、ブログを通して頑張っていらっしゃる姿に感動していることです。
    今まで、介護、お手伝いをなさってきたご主人の悔しい思いも感じます。
    ガンが小さく小さくなりますように。

    • 皆さんの祈りが通じたのでしょう。薬を変えてのラストトライとも言える抗がん剤治療。最初の10日くらいは肺の白さは取れず胸水も溜まるばかり、酸素濃度も上がらない…でした。こっちがツラい。でも本人に積極的治療を続ける意思があるのだから!抗がん剤は、1回の点滴で3週間様子を診ます。半分くらい過ぎた頃から栄養点滴から普通食が食べられるようになりました。食べる!ということは大切ですね。酸素濃度も作業療法士に着替えやら洗面やら一連の動作をしてみてくださいと言われてやってみても酸素濃度は変わらず!でも、それまでは着替えで息が切れてたわけです。こんな状態でもコロナで会うことはできません。来週、薬を変えてから2度目の抗がん剤治療に入ります。治療に耐えられるのではないか?との担当医の判断です。本当に励ましの言葉、ありがとうございます。深く深くお礼申し上げます。